早朝のブハラを出発し、午前中にサマルカンドへ到着。そこからすべて徒歩で怒涛のスポット巡りをしてきました。
僕が辿ったルートとともに、各スポットの歴史的背景も交えてご紹介します!
サマルカンド見どころ6選と歴史ロマンを巡る1日冒険
今回、午前中から歩き続けたルートはこちら

| スポット・移動 | 移動距離 / 見学時間 | 補足・ポイント |
| 1. ビビハニム廟 | 見学:約30分 | 朝イチの静かな時間帯がおすすめ |
| 徒歩移動 | 約600m(徒歩約8分) | 坂道を少し上ります |
| 2. ハズラティヒズル・モスク | 見学:約30分 | テラスからの眺望は必見 |
| 徒歩移動 | 約700m(徒歩約9分) | 一本道をそのまま北上 |
| 3. シャーヒ・ズィンダ廟群 | 見学:約45〜60分 | 見どころが多く写真撮影に時間がかかります |
| 徒歩移動 | 約2.5km(徒歩約40分) | アフラシャブ博物館へ |
| 4. アフラシャブ博物館 | 見学:約45分 | 壁画の解説を含めじっくり鑑賞 |
| 徒歩移動 | 徒歩縦断(約2〜2.5km) | ルート探索を含め約40〜50分 |
| 5. アフラシヤブ考古学保護区 | 縦断:約40〜50分 | 高台からの下り道探しに注意 |
| 徒歩移動 | 約200m(徒歩約3分) | 大通りに出てすぐ |
| 6. Uchminor Osh Markazi | 食事:約45分 | 絶品プロフでランチ&休憩 |
📍 ルート概要と所要時間
- 総歩行距離: 約9~10km(アフラシヤブ考古学保護区内でのルート探索の歩行を含む)
- 全体所要時間: 約6〜7時間(各スポットの見学時間+遅めのランチ時間を含む)

正直めちゃくちゃ歩いて体はクタクタになりましたが、歴史の重みと壮大なロマンを全身で感じられる最高の行程路になりました。
0 ブハラからサマルカンドへ移動

朝5時の電車でブハラを出発

早朝の荒野を走り抜ける

朝早くなので、ホテルで朝食としてお弁当を用意してくれました。
(ブハラの記事はまた後で書きますね)

美しい朝焼けの大地

電柱の上にはかなりの確率でコウノトリの巣が作られています。

午前8時にサマルカンドに到着しました。


この時間に着ければ、丸1日観光できるってわけです。
まずは旧市街にある宿に向かい、荷物を置いてから歩いて観光スタートです!
① ビビハニム廟
サマルカンドに到着してまず向かったのが、巨大な青いドームが目を引く「ビビハニム廟」です。

【歴史背景】 14世紀末、中央アジアから大規模な帝国を築き上げた大征服者ティムールが、インド遠征の勝利を記念して建設を命じた大金曜モスクです。当時「イスラム世界で最大級のモスク」を目指して建てられ、ティムールが最愛の妃(ビビハニム)の名を冠したとも言われています。突貫工事のために一時期は崩壊の危機に瀕した歴史もありますが、その圧倒的なスケールからは帝国の権力と威信がひしひしと伝わってきます。
ビビハニム廟の見どころはなんと言っても、高さ35mほどもある大きなアーチ状の門(ピシュタク)です。
しかし、大枚はたいて中に入ればこんな巨大なコーランを見ることが出来ますよ。

【中庭にある謎の巨大な石の台座】
中庭の中央に進むと、大理石でできた巨大な台座がぽつんと佇んでいます。これはティムールの孫であるウルグ・ベクが作らせたもので、かつて「世界最古級の巨大なコーラン(オスマンのコーラン)」を開いて載せるための専用の書架台座(スタンド)でした。
地元では「この台座の下をくぐると子宝に恵まれる」といった言い伝えもあり、古くから人々の信仰を集めてきた有名なスポットです。(ご覧の通り今は通れません)
コーランの実物は現在タシュケントに保管されているので、写真に写っているのはレプリカ。
つまり、この台座が見どころということなのです。

入場料は約900円。外から見るのが見どころなスポットなので、節約バックパッカーなら入らなくても良いかも…
🕯️ もう一つの物語:最愛の妃ビビハニムの「悲しい伝説」
この壮大なモスクには、建築の陰に隠された、もう一つの「悲しい伝説」が語り継がれています。
【伝説の概要】 ティムールが遠征で不在の間、モスクの建設指揮を任された妃のビビハニムは、美しい建築家に恋心を抱かれてしまいます。建築家は、「自分にキスを許さなければ、ティムールが戻るまでにモスクを完成させない」とビビハニムを脅しました。ティムールの帰還が迫り、モスクを完成させるためにビビハニムは苦渋の決断でキスを受け入れます。 しかし、そのキスの跡がビビハニムの頬に残ってしまいました。遠征から戻り、モスクの完成を喜んだのも束の間、ティムールは妃の頬の痕跡に気づきます。真実を知ったティムールは激怒し、ビビハニムをモスクの最も高いミナレット(塔)から突き落として処刑した……というのです。
実は、この伝説は事実ではないという説が有力ですが、あまりに美しく巨大なモスクが、最愛の妃を失う悲劇の舞台として語り継がれるところに、サマルカンドの歴史の深さとロマンを感じますね。
朝の静けさが残る中で見上げる巨大なアーチとドームは、まさに圧巻の一言。その美しさの裏に、こうした切ない物語が隠されていると思うと、見え方も少し変わってくる気がしました。
ビビハニム廟のおススメ写真スポット
ビビハニム廟の前の歩行者専用道を挟んでビビハニムの墓(霊廟)があります。
こちらは別料金なので、無理に入る必要はありませんが、そこの前庭から花壇越しに撮る一枚が最高の構図。庭には無料ではいれます。
(前の大きなビビハニム廟と言われているのは、実はモスクで、本当の廟はこっちらしいですが、日本語ガイドブックではたいていモスクの方をビビハニム廟と言っています)



門の前で写真をお願いした日本人旅行者に教えてあげたらとても喜んでくれたよ
② ハズラティヒズル・モスク
続いて、高台に位置する「ハズラティヒズル・モスク」へ。
実は、予定していたわけでは無く、たまたま歩いていたら何だか魅力的建物があるので、見てみようと思って行ってみたのです。

【歴史背景】8世紀初頭、アラブ軍によってサマルカンドが征服された際に建てられたサマルカンド最古のモスクの一つとされています。旅人を守る伝説の聖人「ハズラティ・ヒズル」に捧げられた場所で、かつてシルクロードを行き交う商人たちが旅の安全を祈願した重要なスポットです。1220年にチンギス・ハン率いるモンゴル帝国軍によって破壊されましたが、19世紀になって美しい木造建築として再建されました。また、ウズベキスタン初代大統領のイスラム・カリモフ氏の廟も併設されています。

こんな美しいスポットなのに、近代再建されたもののためか、ガイドブックではあまり取り上げられていません。

テラスからの見晴らしが抜群で、先ほどのビビハニム廟やサマルカンドの街並みを一望しながら、かつての旅人たちに思いを馳せることができました。

はっきり言って、サマルカンド一番の絶景スポットだと思いました!
みんな、来ないのはもったいないよぉ!

③ シャーヒ・ズィンダ廟群
つづいては、「シャーヒ・ズィンダ廟群」。
サマルカンド観光の中でも絶対行ってみようと特に楽しみにしていたスポットのひとつ。

【歴史背景】「シャーヒ・ズィンダ」とはペルシャ語で「生きている王」という意味を持ちます。7世紀にイスラム教を布教しにこの地にやってきた預言者ムハンマドの従兄弟、クサム・イブン・アッバースの霊廟を中心として築かれた聖地です。彼が異教徒に襲われた際、井戸の底へ逃れて今も生き続けているという伝承が名の由来になっています。14〜15世紀のティムール朝時代には、ティムールの親族や貴族たちの壮麗な廟が次々と建てられ、今のような青いタイルが輝く美しい参道が完成しました。

参道の両脇に濃淡さまざまなサマルカンド・ブルーのタイルが立ち並び、まるで青の迷宮に迷い込んだような幻想的な美しさでした。




ご覧の通り、全部が青いわけじゃないけど、かなり印象に残るスポットでした。
サマルカンドに行ったらマストですね。
④ アフラシャブ博物館
次に向かったのは「アフラシャブ博物館」
実は炎天下のまわりに何もない一本道をひたすら歩くルート。
タクシーを呼ぶか、メチャ迷いましたが、当初の計画通り頑張って歩くことに。
シャーヒ・ズィンダ廟を出て少し北上したあたりの道の脇の小山。
ずっとこれがつづいているのですが、マップをみるとこの小山を昇って進めば博物館へのかなりの近道になりそう。

途中まで行ってみたのですが、かなり急坂で滑りやすい状態だったので、安全を考えて諦めて遠回りして歩いて行くことにしたのです。

シャーヒ・ズィンダ廟群から北のアフラシャブ博物館へ向かって歩いていると、右手の土の丘(アフラシヤブの崖)にいくつもの謎の横穴が見えてきます。
これは古代から中世にかけて作られた横穴式のお墓の跡や、聖地に集まった修道僧が瞑想を行うための修行穴(チッラホナ)の痕跡だそうです。草と土の丘に歴史のレイヤーがそのまま残っていて、こんなのが見られたことも歩いて来て良かった点です。
メイン通りから近道の細い道が一つあったのでそちらに行ってみることに。

すると何軒かのかなり大きな邸宅がありました。


う~ん、我が家の何倍の大きさなのか・・・
道路わきにはたくさんのザクロが実っていました。
ザクロジュース飲みたい…

博物館前のモニュメントのところまでたどり着きました。

そして、いよいよ到着。
アフラシャブ博物館です。
こちらでは、モンゴル襲来以前の古代サマルカンドの歴史に深く触れることができます。


あまりにもバテてしまって、外観撮り忘れましたww
【歴史背景】かつて紀元前8世紀〜13世紀初頭にかけて繁栄した古代都市「ソグディアナ」の中心地・アフラシヤブの遺跡群に隣接して建てられた博物館です。シルクロードの交易の民として知られるソグド人の高度な文化と歴史を伝えています。一番の見どころは、7世紀(ソグド王国時代)の王宮跡から発掘された「大使の壁画」。中国(唐)、朝鮮、ペルシャ、チャガタイなど、世界各国から訪れた使節団の姿が描かれており、当時サマルカンドが東西文明の十字路としてどれほど賑わっていたかを物語っています。

壁画の保存状態も良く、古代のシルクロードの熱気を間近に感じることができました。

博物館には有名な壁画だけでなく、アフラシヤブ遺跡から発掘された人骨も展示されています。中でも目を引いたのが変形した頭蓋骨です。
キャプションには「Bosh chanoq suniy o’zgartirilishi(人工頭蓋変形)」とあり、古代に身分や美の象徴として赤ん坊の頃から頭に板や布を巻いて頭骨を伸ばす風習があったことを物語っていました。古代ソグドの独特な文化習俗を目の当たりにできる、なかなか強烈で興味深い展示でした!
⑤アフラシヤブ州立考古学保護区を徒歩縦断
博物館の見学後、今回の行程で一番ハードな冒険へと足を踏み入れました。博物館裏手に広がる広大な「アフラシヤブ州立考古学保護区」の徒歩縦断です。

【歴史背景】こここそが、かつてソグド人が暮らし、アレクサンドロス大王も訪れた「古代サマルカンド」そのものの城址です。かつては堅固な城壁と活気ある市街地が広がっていましたが、1220年にチンギス・ハン率いるモンゴル軍の徹底的な破壊と殺戮によって壊滅。復興されることなく廃墟となり、都市機能は現在のサマルカンド中心部(南側)へと移転しました。現在は建造物の大半が土に還り、静かな草の丘としてかつての繁栄を眠らせています。

博物館近くの発掘エリアにはこのような案内板もあって、皆この辺りまで来て博物館に引き返します。


僕は、このまま歩いて北上して、向こうに見える街を目指します!


完全に放置されているエリアにも明らかな人工的な構造物の跡があちこちにあります。




考古学ファンには堪りませんね!
これぞロマン!
草と土が広がる広大な丘をひたすら歩きながら古代の壮大な歴史を感じていたのですが、北側の地区へ抜ける公式ルートが一切なく、高台から下りる道を探して大苦戦。

途方に暮れかけましたが、羊飼いが使っていると思われるうっすらとした踏み跡を発見し、なんとか無事に下り切ることができました……!



丘を降りると、小川が流れていて、先ほどまでのキビシイ環境から何とも平和な雰囲気に。



砂漠を渡って、オアシスに来たかのような思いです。
アフラシャブの丘の北側は、サマルカンド中心部から結構離れているので、ローカルなエリア。
見られる街の光景もちょっとイイ感じ。

ソ連時代からあるんじゃないかと言った感じの古いスタイルのトラック

道路わきでは羊(ヤギ?)が休んでいます。

こんなのが見られたのも、歩いてここまで来れたからこそ。
⑥ Uchminor Osh Markaziで遅めのランチ
考古学保護区をなんとか抜け出し、大通りに出てすぐ目に入った「Uchminor Osh Markazi」へ駆け込みました。

お腹もペコペコで事前情報もなく直感で入ったのですが、これが大正解!ウズベキスタンの国民食であるプロフ(ピラフ)と、これもウズベク名物のコンポートというフルーツジュースが、クタクタになった体に驚くほど染み渡りました。

後から調べて分かったのですが、実はここ、サマルカンドの中心エリアからかなり離れているにもかかわらず、「この店のプロフを食べるためだけにわざわざ訪れる人が多い」という超有名店だったようです。予備知識なしで偶然たどり着けた奇跡に大感謝でした。

ウズベキスタン滞在中にいただいたプロフでダントツナンバーワンでした!


【絶品プロフを引き立てる名物ドリンク「コンポート」】
プロフと一緒にいただいた甘いフルーティーなドリンクは、ウズベキスタンの名物自家製ジュース「コンポート(Kompot)」です。
杏やチェリーなどの果物を煮出して作られるジュースで、果実のやさしい甘酸っぱさが旨みたっぷりのプロフと相性抜群!クタクタに疲れた体に、冷たいコンポートの甘さがすーっと染み渡りました。

歩き尽くしたサマルカンドの一日は体力的にはかなりハードでしたが、壮大な歴史のロマンとローカルな冒険、そして最高のご当地グルメまで味わえた忘れられない旅になりました!
💡 プロフ(Plov)についての豆知識
- ウズベキスタンの「無形文化遺産」プロフは単なる日常食ではなく、ウズベキスタンの食文化・もてなしの象徴として2016年にユネスコ無形文化遺産に登録されています。結婚式やお祭り、人が集まるあらゆる大事な場面で振る舞われる、国のソウルフードです。
- 男性(職人)が作るのが伝統?家庭での普段のプロフは女性も作りますが、結婚式などの大規模なイベントで何百人前ものプロフを大鍋(カザン)で炊き上げるのは「オシュパズ(O’shpaz)」と呼ばれるプロの男性職人たちの仕事とされています。「男性が作るプロフが一番美味しい」という言い伝えもあるほどです。
- 地域によって味が全く違う!ウズベキスタン全土で食べられているプロフですが、地域ごとに材料や調理法が異なります。今回食べた「サマルカンド風プロフ」は、具材(お肉、にんじん、米)を混ぜずに層にして炊き上げ、お皿に盛る際にお米の上に具材を載せるのが特徴です。一方、首都タシュケントなどでは全体を一緒に混ぜ込んで炊き上げます。
- 「お昼限定」の理由プロフは朝から仕込み、お昼の12時〜14時頃に合わせて一番美味しい状態で炊き上がります。大量の油とお肉を使ってハイカロリーなため、現地では「重い料理は昼に食べて消化する」という生活の知恵もあり、夕方には売り切れて店が閉まるのが一般的です。
ということで、半日ちょっと歩き倒したサマルカンド観光!
もう、本当にヘトヘトに疲れましたが、忘れられない想い出ができました。
サマルカンドで少しディープな歴史旅をしてみたい方は、ぜひ参考にしてみてください。

そして、この後、サマルカンド最大の観光スポット、レギスタン広場(青の広場)のライトアップを見に行ったのでした。
それはまた別の記事で書きますね。
【番外編・翌日エピソード】あのプロフをもう一度…!売り切れからの絶品サムサ体験
翌日、前日に食べたプロフの味が忘れられず、「どうしてももう一度食べたい!」と、実は翌日も同じ「Uchminor Osh Markazi」を再訪してしまいました。
ところが……お店に到着すると、なんとプロフはすでに完売! ウズベキスタンのプロフは「売り切れ御免」のスタイルが多いのですが、改めてこの店の凄まじい人気ぶりを思い知らされました。
がっかりしかけた僕ですが、隣に同店系列のサムサ(Somsa)専門店があるのを発見。気を取り直してそちらへ入ってみることにしました。

結果から言うと、これがまた大正解!
注文したサムサは、サクサク&パリパリのパイ生地の中に、ジューシーで旨みが凝縮されたお肉がぎっしり詰まっていて絶品。ピリッとアクセントの効いたトマトベースのタレ(アチチュチュク風ソース)をつけて食べると、お肉のジューシーさと爽やかさがベストマッチでした。

そしてもちろん、前日感動したコンポート(自家製フルーツジュース)も忘れずに注文。サムサの旨みと冷たいコンポートの甘酸っぱさは相性抜群で、プロフが食べられなかった悔しさも一気に吹き飛ぶ大満足のランチになりました!


店内もメッチャオシャレだよ
プロフを狙う方は売り切れに注意が必要ですが、もし逃してしまっても隣のサムサ店も間違いなく名店です。ぜひセットでチェックしてみてください!
💡 サムサ(Somsa)についての補足豆知識
- サムサとは?中央アジアの伝統的な窯焼きミートパイ。粘土窯(タンディール)の壁面に貼り付けて焼き上げるのが特徴で、牛肉や羊肉、玉ねぎがぎっしり詰まっています。
- 添えられたタレについてサムサと一緒に提供される赤いソースは、トマトやハーブ、唐辛子などを合わせた生タレです。サムサの上にスプーンですくってかけたり、浸したりして食べると油っぽさが和らぎ、何個でも食べられる美味しさになります。

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